ハスの花 ~泥の中から美しい花を咲かせる、お釈迦さまの花~

ハスは「泥より出でて泥に染まらず」といわれるように、汚れた泥の中から茎を伸ばし、透き通るような美しい花を咲かせます。その姿は、善悪、清濁が混在するこの世での悟りの道を求める菩薩像の象徴とされ、仏教徒の間で尊ばれるようになりました。

目次

ハスの花とは

ハスの花とは

ハス(蓮)は、熱帯アジア原産のハス科の多年生水生植物です。水底の泥の中にある地下茎の節から長い柄をのばし、直径50センチくらいのほぼ丸く楯(たて)形をした葉を水面上に出します。

夏の朝、水の上に突き出る太い花茎上に1花を開きます。花は直径10~25センチで、花弁は20数枚、花色は淡紅、紅、白で、芳香があります。花托はハチの巣状で、その穴の中にできた果実は堅い暗黒色の果皮で種子を包んでいます。種子の寿命はきわめて長く、泥炭層にあって、1000年以上発芽力を失わないといわれるほどです。

秋の末に地下茎の先端の肥大したものがレンコン(蓮根)で、これを野菜として収穫するために各地の池や沼、水田で栽培されています。レンコンの主成分はデンプンで、酢の物、あえ物、すし種、煮物、精進揚の種などに使われます。

 

原産地
アジアの熱帯~温帯

別名
水芙蓉(すいふよう)、不語仙(ふごせん)

大きさ
70~200センチ程度

英名
Lotus

花期
7~8月

 

東洋産ハスとアメリカ産ハス
ハスは、赤や白の花色をもつ東洋産のハスと、黄色の花をもつアメリカ産のハスの2種類に分けられます。

東洋産のハスの原産地はインドとその周辺地域で、そこからオーストラリア、アフリカ、東南アジア、中国、日本に伝わったといわれています。

アメリカ産のハスは、北アメリカのオンタリオ州、フロリダ州、ミネソタ州、テキサス州、そして南アメリカの北部に原産分布しています。

一般にレンコンと呼ばれているのは、食用にされる東洋産のハスのことをいいます。

 

 

豆知識

アメリカ産のハスも食べられるのか

東洋産のハスを食用や薬用として利用し始めたのはずいぶん昔からのようで、『常陸風土記』(713年)や『延喜式』(927年)にも記されています。江戸時代に入ってからはその栽培法が詳しく述べられています。では、アメリカ産のハスも食用にされているのでしょうか。

アメリカ産のハスには食用品種はありませんが、バージニア・ビーチのタバナクル・メソジスト教会史(1653年)によると、アメリカの先住民族(アメリカン・インディアン)たちは、野生のハスを掘ったり、実をとったりして食用にしていたと記されています。このことから、アメリカ産のハスも昔から食べられていたことがわかります。

 

 

レンコン(ハス) ~穴のあいた、おもしろい野菜を知ろう~

 

 

タネはタイムカプセル
ハスの種はとてもかたい種皮と呼ばれる殻におおわれています。種皮の中には子葉が2枚あって、その間に芽が折りたたまれて入っています。種皮は水や空気をほとんど通さないので、そのままでは発芽しません。何かの原因でかたい種皮が傷つけられると、そこから水を吸って種皮が柔らかくなり発芽します。種皮が傷つけられないと種は長い間眠ったままなのです。

1951年(昭和26年)のこと。東京大学農学部教授の大賀一郎博士が2000年以上前の地層から発見されたハスの種をまいてみたところ、発芽したという記録が残っています。このハスは株分けされ、「大賀蓮」という名前で、今もいろいろなところで栽培され、美しい花を咲かせています。

 

 

豆知識

大賀蓮

ハスが日本に自生していたのかどうかは意見が分かれていますが、更新世(今から約180万年~1万年前の期間)の地層から現在の東洋産ハスとみられる種子の化石が発見されていることやハスの古名「ハチス」が『万葉集』や『古事記』に書かれていることから、日本にもずいぶん古くからハスが存在していたことは間違いないようです。

古代ハスの研究を行っていた大賀一郎博士は、落合遺跡からハスの果托が発掘されたことを知り、実も出土するに違いないと考え、1951年(昭和26年)3月3日から地元の小・中学生やボランティアの人たちと協力して落合遺跡の発掘を行いました。調査を始めたころは、ハスの種子はすぐに見つかると考えられていたようですが、いくら掘ってもなかなか見つかりませんでした。しかし、調査打ち切り予定日の前日である3月30日になって、とうとうハスの種子が1粒見つかったのです。それで、調査打ち切り日を延期して発掘を続け、4月6日にはさらに2粒のハスの種子を発見しました。この3粒の種子をまいてみたところ、そのうちの1粒が無事に生長し、翌年にはピンク色の花を咲かせたそうです。

2000年前の種子といわれているのは、ハスの種子のそばで発掘された丸木舟の破片をシカゴ大学に送り、「放射性炭素年代測定」という方法で年代測定してもらったところ、約2000年前の地層であると推定されたため。この古代ハスは株分けされ、博士の姓にちなんで「大賀蓮」と名付けられました。

 

 

ハスの種子はなぜかたくて長持ちなのか
ハスの種子はとてもかたくて長持ち。これはハスが生き残っていくためにとても大事な特徴なのです。

ハスは「根茎」と「種子」という2つの方法で繁殖しています。ある環境でいくつかの根茎が育っているとすると、その環境(たとえば温度や光、養分の条件など)にあった根茎はよりたくさん自分と同じ個体を増やすことができます。

しかし、とつぜん水がなくなるなどの大きな環境の変化が起こってしまったり、病害虫の大発生などが起こったりすると、育っている根茎が全滅することがあります。しばらく時間がたって根茎が育ちやすい環境に戻ったとしても、根茎はすべて枯れてしまっているので根茎を使って繁殖することはできません。

そんなとき、地面の中にある寿命の長い種子のうちのいくつかが発芽すると、その中の新しい環境に合う個体が根茎によってどんどん増え始めます。ハスの種子が長持ちなのは、育っている根茎が全滅した場合の「備え」と考えることができます。

 

ハスの花と仏教

ハスはお釈迦さまの花

ハスの花は仏教とも深い関わりをもっています。

 

ハスの花言葉は「神聖」
ハスは沼地のようなところで生育し、水面から「葉」や「花」が出てくるところから、「よどんだ泥の中」で育っても「けがれのない美しい花」を咲かせるという、とても神聖な植物と考えられています。仏教の世界では、「どのようなところ(悪い環境)で生きていこうとも、悪徳に染まらず心は清く純粋であれ」ということが教えられますが、このときに、ハスの花のことが語られています。ハスの花言葉が「神聖」というのもこういう理由からと考えられます。

 

ハスはお釈迦さまの花
ハスは、インドやスリランカでは国花(国民に最も愛され、その国の象徴とされる花)になっています。インドでは、ハスは最も神聖な花とされています。仏教の言い伝えでは、お釈迦さまが、お母さんのおなかの中に入ったときにハスの花が咲き、また生まれたときには、咲いたハスの花の上に立って第一声を上げたといわれています。お釈迦さまがハスの花の上に乗っている絵や仏像が多いのは、このためと考えられます。

 

一蓮托生
仏教でいう「極楽浄土」(まったく苦しみのない理想郷)はハスの花がたくさん咲いているところと考えられているので、多くの寺院では境内に蓮池がつくってあります。「一蓮托生」という四字熟語がありますが、これはもともと仏教語で「極楽でいっしょに蓮華の上に身を託す」という意味。そこから「行動・運命をともにする」という意味で使われるようになりました。

 

 

豆知識

エジプト起源説

ハスの原産地としてエジプト起源説があります。しかし、エジプトでは、もともとハスは生育しておらず、古くに「ロータス」(ハス)と呼ばれていたものは、すべてスイレンでした。

古代エジプトの遺跡などにあるいわゆるハス模様はすべてスイレンで、エジプトにハスが持ち込まれたのはペルシャによるエジプト侵入が行われた紀元前525年ごろといわれています。

インドの古代文明「インダス文明」は、紀元前2600~1800年ごろといわれていますが、このころにつくられた母神像の中に、ハスの花飾りが使われている象があります。このことからもインドでは、ずいぶん昔から人とハスとの関りがあったことがわかります。

 

 

ハスの花を楽しむ

ハスの花

ハスの花の寿命はだいたい3日間で、朝早くに咲き始め、昼ごろには閉じてしまいます。

1日目は花びらが完全に開かないで、上の部分だけ開きます。このときはおしべの葯(やく)が開いていないが、めしべは成熟しているため、昆虫がほかの花の花粉を運んできたら、その花粉で種ができます。昼前になるとこの花びらは閉じてしまいます。

2日目には満開になり、花の香りが最も強くなって、たくさんの昆虫がやってきます。このときにはおしべの葯が開いているので、自分の花粉で種を作ることもできるようになります。この日も昼ごろになると花びらは閉じてしまいます。

3日目も満開になりますが、この日は昼を過ぎても完全に花びらを閉じることができなくなり、そのあと少しずつ花びらが散っていきます。

昔から「ハスの花が咲くときには『ポン』と音がする」という言い伝えがあります。いろんな人たちが観察しましたが、花が咲くときの音を聞いた人はいないようです。

 

花を楽しむ花ハスたち
ハスの花には、直径25センチを超える大型品種から、直径10センチにもみたない茶碗蓮までいろいろとあります。また、花びらの枚数も20~25枚程度の一重咲き、50枚以上の八重咲き、その中間タイプの半八重咲きなどがあります。色も「白」、「赤」、「黄」のほか、白や黄色の花びらで縁の部分だけが赤い色をしている品種もあります。

変わった品種としては、1本の花茎にたくさんの花をつける「多頭蓮(「妙蓮」ともいう)と呼ばれるグループもあり、その中には1本の花茎に2つの花がつく「双頭蓮」から、1本の花茎に12個の花がつく「十二時蓮」まであります。ちなみに、12個の花をつける品種では、花びらの総数が2000~5000枚ぐらいに達します。

 

皇居和蓮(こうきょわれん):お堀に咲く一重

清月蓮(せいげつれん):唐招提寺に咲く一重

一天四海(いってんしかい):覆輪(ふくりん)で斑入り(ふいり)の一重

碧台蓮(へきだいれん):大型の八重

八重茶碗蓮(やえちゃわんばす):小型の八重

漢蓮(かんれん):小型の八重

即非蓮(そくひれん):小型の一重

妙蓮(みょうれん):大型の千重、多頭蓮

 

など、いろいろな品種があります。

 

東洋産種とアメリカ産種との交配
東洋産ハスの花の色は、紅色から白色(花弁の先端が紅色を帯びたり、筋状や斑点状に紅色がついたりする場合もある)、いっぽうアメリカ産ハスの花色は薄黄色から黄色。どちらも観賞用として利用されています。では、東洋産ハスとアメリカ産ハスとを交配するとどんな花が咲くのでしょうか。

実はこれまでに東洋産種とアメリカ産種との交配が行われ、いくつもの品種がつくられています。有名なのは「舞妃蓮(まいひれん)」と「ミセス・スローカム」。「舞妃蓮」は、「王子蓮」と「大賀蓮」とを交配してつくられた大型の一重品種で、「ミセス・スローカム」はキバナハスと中国産の赤色八重品種とを交配してつくられた中型の八重品種です。

どちらの品種でも、花が咲いた直後は薄黄色の地で花弁の先端がうすい紅色を帯びていますが、時間が経つにつれて紅色がなくなって黄色に変化してしまいます。

 

ハスの花に由来する言葉
中華料理を食べるとき、柄の部分までくぼんだ陶製やプラスチック製のスプーン「レンゲ」がでてきますが、この名前はハスの花(蓮華)に由来しています。スプーンの形が、散ったハスの花びらの1片に似ているので「散り蓮華」と呼ばれるようになり、それが省略されて「レンゲ」になったといわれています。

 

 

豆知識

ハスとスイレンの違い

ハスとスイレンの違い

ハスもスイレンも水生植物ですが、まったく別の植物。

ハスの葉には切れ込みがなく、よく水をはじいて光沢がなく、水面より上に出てきます。いっぽうスイレンの葉には切れ込みがあり、あまり水をはじかず、つやつやしていて水面に浮いています。

ハスの花は水面よりも上で咲き、散った後に果托(かたく)ができますが、スイレンの花は水面で咲き、果托はできずに水の中に沈んでしまいます。

また、ハスの地下茎は枝分かれをしながら水平にぐんぐん伸びますが、温帯生のスイレンにはワサビのようなずんぐりとした地下茎が、熱帯性のスイレンには球根のような地下茎ができます。

 

 

ロータス効果

ロータス効果

ハスは沼地のようなところで生育していますが、地上に出て開いた葉はとてもきれいです。

ハスの葉の表面には10マイクロメートル(1ミリメートルの100分の1)くらいのとても小さな突起物が一面に分布していて、その構造により、表面に水がかかっても決して濡れることがありません。つまり、葉の表面に乗った水は丸くなって水滴となり、葉を濡らすことなく下に転がり落ちるのです。この水をはじく性質を撥水性と呼びます。

特にハスの場合、葉の表面から水が転がり落ちるときに、小さなゴミやホコリなどをからめとるので、葉の表面をきれいな状態に保つことができるのです。これはロータス効果と呼ばれています。

最近では、傘や衣服などの繊維、薄膜、塗料などの表面にとても小さな「でこぼこ」を作ることで水をはじかせる撥水加工技術が開発されています。この技術にはハスの葉の表面構造が応用されています。大きさが違うとても小さな突起物を組み合わせてハスの葉の表面と似た構造を作ることで、撥水性をもたせながら汚れを落ちやすくしています。

ハスは食べものや花として利用されているだけでなく、その構造が現在の科学技術にも応用され、人間の暮らしを豊かにしてくれているのです。

 

ハスの花が散ると蜂の巣が現れる!?

蜂の巣のような花托

ハスの花が散ったあとに残る部分を「花托」と呼びます。花托は蜂の巣にそっくり。この穴の中に1つずつ実ができるのです。

 

睡蓮鉢で、花ハスを育ててみよう
ハスは、ふつう広いところで育てないと、なかなか花を咲かせてくれません。しかし、ハスの中には、直径20~30センチの容器で育てても、花が咲く品種があります。それが「茶碗蓮」。

茶碗蓮を栽培するときにも、種バス(種レンコン)が必要です。近くに茶碗蓮を育てている人がいれば、その人に種バスを分けてもらうといいですが、通信販売などで買うこともできます。茶碗蓮が手に入らなくても、大きな睡蓮鉢を使えばハスの花を咲かせることができます。

 

睡蓮鉢で花を楽しむ
大きな睡蓮鉢で育てるときは、日当たりがよくて、水をすぐに入れられる場所を選びます。ハスには食用のハス(地下茎がよく肥大するタイプ)と観賞用のハス(地下茎はあまり肥大しないが、たくさんの花や、珍しい形の花が咲く。花ハスともいう)がありますが、花を楽しみたいときは、観賞用のハスを選びます。田んぼに植えてあるハスの花は、なかなか近くで見ることができませんが、睡蓮鉢を使えば、近くで花を楽しむことができるのです。

 

まとめ

  • ハス(蓮)は、熱帯アジア原産のハス科の多年生水生植物。
  • 赤や白の花色をもつ東洋産のハスと、黄色の花をもつアメリカ産のハスがある。
  • ハスの種はとてもかたい種皮と呼ばれる殻におおわれている。2000年のときを超えても花を咲かせるほどの生命力がある。
  • ハスの花は仏教とも深い関わりがあり、お釈迦さまの花とされている。
  • ハスの花の寿命はだいたい3日間で、朝早くに咲き始め、昼ごろには閉じてしまう。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!