お香 ~香りがもたらす効果とは? 暮らしに取り入れる活用法もご紹介~

香り文化の始まりは推古天皇の時代とされ、『日本書記』には、595年(推古3年)の夏、淡路島に流れ着いた1本の香木を島民が朝廷に献上したことが書かれています。火にくべたところたとえようのない芳香が立ち上り、それを畏れた島民が大和の都に運んだというわけです。
この1本の香木が、今や「香道」という日本の三大芸道のひとつにまで発展していきました。
私たちの心を魅了する「香り」とはどんなものなのでしょうか。

目次

お香の効果

お香の世界では、「良き香りのあるところ、邪悪なるもの近寄らず」と言われていて、お香の香りには良縁を運んできてくれる効果があると古来より言い伝えられています。
また、良い香りを嗅ぐことで脳内にアルファ派やエンドルフィンなどの心地良さをもたらしてくれる物質が分泌され、癒しの効果が得られるということが科学的にも分析されています。
かの一休宗純(一休さん)も「香十徳(こうじっとく)」という効能を書き残しています。

 

香十徳

感覚鬼神(かんかくきしん):感覚が鬼神のように研ぎ澄まされる。
清淨心身(しょうじょうしんじん):身も心も清らかにする。
能除汚穢(のうじょおえ):よく穢れを取り除く。
能覺睡眠(のうかくすいみん):眠気を覚ます。
静中成友(せいちゅうじょうゆう):静けさのなかに安らぎを得る。
塵裏偸閑(じんりとうかん):忙しいときにも心を和ませる。
多而不厭(たじふえん):多くあっても邪魔にならない。
寡而為足(かにいそく):少なくても十分香りを放つ。
久蔵不朽(きゅうぞうふきゅう):長い年月保存していても朽ちない。
常用無障(じょうようむしょう):常用しても無害。

 

香十徳は北宋の詩人黄庭堅(こうていけん)によって記された漢詩ですが、そのすばらしい効能を日本に広めようと紹介したのが一休さんだとされています。
これを読むと、私たちの心の問題は、お香によってすべて解決できるような気さえしてきます。
古来より日本には、お香という最強の癒しツールがあったことがうかがえます。

 

豆知識

匂いを感じる仕組み

人間の持つ感覚機能は、目で見る視覚、耳で聞く聴覚、鼻で匂いを感じる嗅覚、触れて感じる触覚、味を感じる味覚の5つがあり、これらは五感と呼ばれています。なかでも、嗅覚はヒトの遺伝子の総数約2万2000個のうち1000個もの数が関わっており、五感の中でも最古の感覚といわれています。

あらゆる匂いは鼻の奥にある嗅覚受容体という細胞の先端にある繊毛に受け止められ、それが自律神経やホルモンの分泌を促す脳下垂体に伝わります。つまり、嗅覚は脳にもっともダイレクトにつながっている感覚でもあるため、その刺激により得られる効果も大きいということになるのです。

 

お香の原料

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お香の原料

たくさんの効果をもたらしてくれるお香ですが、その原料となる天然の香料は数十種類もあり、入手困難な貴重品も多くあります。主に、中国やインド、東南アジアで産出され、お香の原料としてだけでなく、香辛料や漢方薬として使われるものもあります。
ここでは主な原料を紹介していきたいと思います。

沈香(ぢんこう)

ジンチョウゲ科の常緑高木の中の一部に、外部からの要因によって樹脂が凝結してできたもので、樹木が枯れていく過程で熟成されてできる香木。数百本の原木に対して数本の割合でしか採れないため、希少価値の高い香料とされている。

水に沈む香りのする木という意味の「沈水香木」を略して「沈香」と呼ばれる。薫香料のほか、鎮静作用が高いため、薬用としても古くから知られている。インドシナ半島、インドネシアなどの熱帯雨林で産出される。

 

伽羅(きゃら)

沈香とほぼ同じ過程で生まれるが、その香りや樹脂の質の違いによって別格とされている。昔はベトナムの限られた地域で採れたが、現在は採取が困難になり、とても貴重な香木とされている。

 

白檀(びゃくだん)

白檀科の半寄生常緑高木で、インド、インドネシア、マレーシアなどで栽培されている香木。その中でも、インドのマイソール地方で栽培されているものが最高品質とされ、「老山白檀(ろうざんびゃくだん)」と呼ばれている。

最も一般的な香木で、お香以外にも薬用や彫刻工芸品の材料としても使われる。英語では、サンダルウッドという。

 

桂皮(けいひ)

シナニッケイ、セイロンニッケイ(クスノキ科)の樹皮を乾燥させたもの。シナモンという名前で親しまれている。

 

丁子(ちょうじ)

チョウジノキ(フトモモ科)の花のつぼみを乾燥させたもの。西洋ではクローブと呼ばれ、古くから香辛料として使われている。

 

安息香(あんそくこう)

アンソクコウノキ(エゴノキ科)の幹に傷を付け、しみ出てくる樹脂を集めたもの。スマトラ島で多く産出される。

 

大茴香(だいういきょう)

ダイウイキョウ(シキミ科)の果実を乾燥させたもの。八角(スターアニス)ともいい、中華料理の香辛料としても使われている。

 

竜脳(りゅうのう)

リュウノウジュ(フタバガキ科)より採取される白色の樹液の結晶で、お香の原料や防虫剤として使われている。主にスマトラ島、ボルネオ島で産出されるが、現在は楠木から精製される竜脳が主流となっている。

 

乳香(にゅうこう)

ニュウコウジュ(カンラン科)という木の幹から出てきた樹脂。アフリカ島北部、アラビア海沿岸部、ソマリアで産出される。

 

山奈(さんな)

ベトナム原産の植物で、主に中国南部やインドで採れるバンウコン(ショウガ科)の根茎(地中にある茎の一部)を乾燥させたもの。

 

貝香(かいこう)

巻き貝の蓋で、香りを長期間持続させる保香剤として使用する。現在では南アフリカ産の貝香が多く使われている。

 

藿香(かっこう)

フィリピン原産のシソ科の草本を乾燥させたもの。パチュリーとも呼ばれる植物で、白色から薄紫色の花を咲かせる。

 

コラム

香木は龍の肌!?

古代中国には、龍という霊獣の王は妙なる芳香を放つとともに、その身体の一部を手に入れた者は天下をも手に入れられるという伝説があります。このことから、香木とは龍の肌であるという信仰のようなものがあったのではないかという仮説がたてられています。

日本史を彩ってきた英雄たちも異常なまでに香木を求めてきたといいます。東大寺の正倉院には、「蘭奢待(らんじゃたい)」という1.5メートルの巨大な香木が今も残されています。その表面には足利義政、さらには織田信長が一片を切り取った跡があり、彼らの名前まで記されています。特に信長は香木に心惹かれたようで、「一片の香木には、一国一城と同等の価値がある」という伝説を作ったとされています。信長のあとに続いた豊臣秀吉や徳川家康も香木に強い関心を抱き、香文化を盛り上げてきました。

香木にはあらゆる感覚を研ぎ澄ます効果があるとされていることからも、天下取りを狙う者たちには、必要不可欠なものだったのかもしれませんね。

 

お香の歴史

お香,ハート型の煙

お香の歴史

お香という最強の癒しツールですが、いつごろ、どこから始まったのでしょうか。

世界を旅する香り

いわゆる人類の「香り文化」は、およそ4000年前の古代インドに端を発するといわれています。大昔から豊かな芳香植物に恵まれていたインドでは、暑熱による臭気を防ぐために香を焚いたり、香粉や香膏を体に塗ったりと、香料が人々の生活に溶け込んでいました。インドの神話にも、ガンダルバという香りを食べる神様が登場するほどです。

インドで生まれた香り文化は、西へ東へと旅をします。まずは、西の旅を見てみましょう。

インドで生まれた香料は、古代エジプトに伝わります。
ミイラ作りでは、防腐剤として内臓を取り出した部分に没薬(もつやく)・桂皮などの香料を詰めたといわれます。没薬とは古くから薫香料や医薬品として使われていた芳香物質のことで、「ミルラ」と呼ばれていたようです。ミイラの語源は、これに由来するといわれています。また、ツタンカーメン王の墓からは陶器製の香料壜(壺)が多数発掘され、その蓋を取ると良い香りがしたといいます。

古代ギリシャでは、香料の熱狂的ブームが起こります。
風呂に香料を入れる、衣服に香をたきしめることはもちろん、体に香料を擦り込むだけでなく、飼っている犬や馬にも香料を擦りつけるほどでした。さらには体の中にも香料を取り込もうと、ワインなどの飲み物や食べ物などにも香料を使ったといいます。

古代ローマでは、香料は非常に珍重され、また大量に使用されました。
皇帝ネロが特に有名で、宮殿の食堂の壁に、客に香油を振りかけるためのシャワーのような仕掛けを設置したり、部屋中に香りをまくために、香油をたっぷり付けた鳥を飛ばしたりといった話が残っています。

やがてアラビア人がアルコールを発明すると、香りの歴史は大きく変わります。
アルコールを使用することで香りは液体となり、その頂点は香水文化を花開かせたフランスへと行き着きます。

一方、東の旅はどうでしょうか。

インドで生まれた香料は、シルクロードや海路を経て、ペルシャから中国へと渡ってきます。

中国では一般の大衆が香りを生活に取り入れるまでには至らず、貴族や上流支配階級が供香の儀式として使用するにとどまります。

そして、いよいよ日本へとやってくるわけですが、特に宗教と強く結びつく形で伝わりました。

東に伝わった香りは線香などの固形物となり、その頂点は香り文化を「香道」という芸道にまで高めた日本に行き着きました。

フランスの香水文化も日本の香道文化も、ともに源流は古代インドにあったのです。

 

豆知識

香水香 花の花

古代インドから西へ渡った香りの文化は、香油、香水といった液体の香りの文化を発展させました。一方、東へ伝えられた香りの文化は、仏教とともに日本へ渡り、お線香、お香の文化を創りました。西と東で全く違う発展を遂げた香りですが、19世紀後半、明治時代の日本で4000年目にして再び出会います。

文明開化直後の日本で、西洋の香水を手にした線香作りの若者であった鬼頭勇治郎が、日本のお香にはなかったフローラルな芳香のお香を完成させます。その代表が「香水香 花の花」です。香水とお香が合体したことで「香水香」、花の中の花ということで「花の花」と名付けられたといいます。

西洋と東洋の融合から生まれた壮大な文化史のロマンを感じさせる奇跡の商品とされ、今でも多くの人に愛用されています。

 

日本に渡来した香り

さて、ここからは日本のお香の歴史について、もう少し詳しく見ていきましょう。

1400年以上も前の飛鳥時代に日本に伝わったとされるお香ですが、仏教の儀式で使われることに始まり、その後、貴族や武士の生活に溶け込んでいき、やがて庶民の間でも欠かせないものとなっていきます。

~飛鳥時代
お香が日本に伝わったのは6世紀前半ごろのこと。大陸から仏教が伝来したとき、仏教の儀式とともに日本へ入ってきたといわれています。

~奈良時代
お香は主に、仏前を清め、邪気をはらう「供香(くこう)」として使われていました。このころは、香木などを直接火にくべて香りを出していたと考えられています。

~平安時代
平安時代になると、「祈りのためのアイテム」として伝わった香りが、「雅の香り」へと変貌していきます。香りは仏前から部屋で焚かれるようになり、衣服へ香りを移したり、香りそのものを楽しんだりするものとなります。自ら調合した香は平安貴族たちの知性感性の形であり、自己の美意識を表現するアイテム、貴重な香料を入手できる身分であることを証明するアイテムとなっていきました。

~鎌倉・室町時代
鎌倉時代になると、香木そのものと向き合い、ひとつひとつの香木の香りを極めようとする精神性が尊ばれるようになります。このころに、香木の香りを繊細に鑑賞する「聞香(もんこう)」の作法が確立されました。

~江戸時代
江戸時代になると、貴族や武士以外に、経済力を持った町人にもお香の文化が広まります。その中で、競技性を持たせた「組香(くみこう)」が創作され、優れた香道具や作法とともに「香道」として確立されていきます。

現代
伝統の継承と最新の技術から次々と創造され、ヒーリング、リラクゼーション、癒しに欠かせないものになっています。

 

お香の種類

お香,スティックタイプ

お香の種類

癒しを得るための必須アイテムとなったお香ですが、今では、形の違いや使い方の違いで、じつにたくさんの種類があります。まずは、種類とその使い分けを覚えておきましょう。

直接火を付けるタイプのお香

お仏壇やお墓にお供えする線香が、直接火を付けるタイプとしてよく知られています。お香を焚く場所によって、形や香りを使い分けられます。

お線香・スティックタイプ
日本の家庭で一番なじみのあるお香。椨(たぶ)という木の粉末を使って線状に生成したもの。仏壇に供えるものだけでなく、目的によってさまざまな香りや長さを選ぶことができる。

渦巻き型
長いお香を渦巻き状にしたもの。燃えている時間が長く、広い部屋や空気の流れが多い場所に適している。

円すい型・コーンタイプ
円すいの先端に火を付けるタイプで、下にいくほど燃える面積が広がり、香りも徐々に強くなっていく。短時間で香りを得るのに便利。

 

お香は「残り香が命」です。煙が出ているときが一番良いわけではありません。来客をおもてなしする際には、少なくとも10分前には焚き終えるのがポイントです。

 

常温で香るタイプのお香

火を使わずに常温で香るように調合されているので気軽に楽しめ、部屋の飾りや身に付けるアクセサリーとしても使えます。

匂い袋
香料を刻んで調合したものが袋の中に入っている。定番の巾着型をはじめ、しおり型やストラップ型などがある。

 

間接的に熱を加えるタイプのお香

火を付けた炭を香炉の灰の中にうずめ、その灰の上に置いて間接的に熱を加えることで香りを楽しみます。

練香(ねりこう)
お香の世界では特に人気の高いお香。粉状にした香原料に梅肉やハチミツなどを混ぜて練り合わせ、壺の中で熟成させた丸いお香。平安時代の王朝文学にも「薫物(たきもの)」として登場する。

 

豆知識

六種の薫物

練香で代表的な「黒方(くろぼう)」「梅花(ばいか)」「荷葉(かよう)」「侍従(じじゅう)」「菊花(きっか)」「落葉(らくよう)」の6種類が「六種の薫物(むくさのたきもの)」と呼ばれています。

黒方:冬の香り。祝義に多く用いられる。
梅花:春。梅の香りをイメージしたもの。
荷葉:夏。蓮の香りをイメージしたもの。
菊花:秋または冬。菊の香りをイメージしたもの。
落葉:秋または冬。秋のさみしさを思わせる香り。
侍従:冬。ものの哀れさを思わせる香り。

特に、「秋のさみしさ」や「ものの哀れさ」を四季や自然の香りに当てはめて表現する練香からは、古来日本人の心や感性を感じ取ることができます。

 

印香(いんこう)
配合した香料を桜や梅、亀などさまざまな形に押し固めたお香で、色や形の種類が多い。見た目のかわいらしさから、香りだけでなく鑑賞用のお香としても楽しめる。

香木(こうぼく)
香木の焚き方には、繊細な香りを鑑賞する「聞香(もんこう)」と、部屋に香りを漂わせる「空薫(そらだき)」があり、目的に合わせて用具も使い分ける。

 

専門的なお香

主にお寺で使われるお香です。家庭ではあまりなじみがありませんが、お香が本来の目的や歴史に深く関わっていることが分かります。

塗香(ずこう)
お香の粉末を身体に塗りまとうもの。もともとは僧侶が修行の際に心身を浄めることを目的とした風習だったが、最近では奥ゆかしい塗香の香りが、着物を着る方や香水が苦手な方の注目を浴び、大人のたしなみとして使用されることも多くなった。

 

手のひらにお香の粉末を少量取り、両手や手首に擦り込むと体温によってほんのりと香りが立ちます。特に髪の毛は「その人の念」や「厄」が非常に溜まりやすい場所なので、忘れずにつけるといいようです。

 

焼香(しょうこう)
香木や香草を細かく刻んで混ぜ合わせたお香。使われるお香によって、五種香、七種香、十種香などの種類がある。葬儀の場でも、故人を供養する儀式として行われる。仏、法、僧の三宝を敬い、心の内にある三毒(むさぼり、怒り、迷い)を清めるという意味がある。

長尺線香(ちょうじゃくせんこう)
お経を唱えたり、座禅を組んだりする時間をお線香1本が燃え尽きるまでと定め、その時間を計るために使われている線香。

抹香(まっこう)
沈香や白檀などを混ぜ合わせた細かい粉末のお香。仏前で焚かれたり、仏像に散布したり、長時間焚き続ける時香盤(じこうばん)にも使われる。

 

豆知識

お線香ができるまで

お線香作りは、今では機械化されていることがほとんどですが、ここでは、昔ながらの伝統の技法で作られるお線香の製造過程をご紹介します。

①計量・調合・かくはん
原料となるさまざまな香料を粉末にし、製品の線香に合わせた調合をする。つなぎを加え、原料が均一になるように丁寧に混ぜ合わせる。

②練り
混ぜ合わせた原料を混錬機に入れ、適量の水と着色料を加えて練り合わせる。粘土状になるまで30~40分ほど練り上げる。

③玉締め
品質の安定を保つため、練り上げた素材を型に入れて圧縮。円筒状にプレス成型するのが「玉締め」と呼ばれる工程。

④押し出し・盆切り
成型した素材を押し出し機に入れ、小さな穴から細長く押し出す。それを盆板と呼ばれる板で受け、竹べらで両端を落とす。

⑤生付け(なまつけ)
盆板にのせたまだ柔らかいお線香を手本板(てほんいた)と呼ばれる板に移し替え、隙間ができないように丁寧に敷き詰めてそろえる。

⑥乾燥
お線香を敷き詰めた乾燥用の板を積み重ねる。温度と湿度を一定に保った乾燥室に入れ、空気を循環させながらゆっくり乾燥させる。

⑦板上げ
板上げと呼ばれる最後の工程。乾燥したお線香を製品に応じて計量して束ね、パッケージに入れたら完成。

お仏壇やお墓参りで何気なく使っているお線香も、さまざまな国から輸入した原料を使い、職人の技によって手間をかけ、丁寧に作られているのです。

 

お香の活用法

次に、お香の活用法をご紹介します。

枕香
枕から良い香りを漂わせながら眠る方法です。お香で安眠を誘うことは平安時代から行われており、特に江戸時代には、箱形の枕の中に小さな香炉を置き、お香を焚いて眠っていたようです。穴から煙が出て、髪に香りが移るという効果もありました。

現代では、この方法は実務的ではありませんので、匂い袋を枕元に置くなどするのがおすすめです。安眠には伽羅の香りが良いとされています。

 

薫衣香(くのえこう)
たんすやクローゼットに入れて衣服に香りを移します。

 

名刺香
名刺入れにそっと忍ばせて名刺を香らせます。

 

文香(ふみこう)
手紙に添えるお香のことです。心を込めた文章と一緒に届ける香りの贈り物ともいえます。

文香の起源は平安時代とされ、手紙に梅の花などを添えて送っていたのが始まりと考えられています。その後、お香を手紙にたきしめて送るようになり、現代では文香という形になったといわれています。手紙に添える以外にも名刺入れに入れたり、本のしおりにしたりすることもできます。特に本に入れると、ページをめくるごとに良い香りが漂い、読書の時間が格別な癒しの時間になります。

これらはよく紹介される活用法のほんの一部です。
お香の煙は空間を清らかにし、邪気をはらうとされています。また、風水の世界では、良い香りは運気を上げてくれるといわれています。「お部屋の居心地が悪いな…」「空気が淀んでいるな…」と感じたら、お香を焚いてお部屋を丸ごと浄化してみましょう。特に、掃除をしたあとに焚くのがおすすめです。

 

お部屋でお香を焚くときは、換気に注意しましょう。また、風通しの良い場所を選ぶと、風にのって良い香りが部屋全体に広がりやすくなります。

 

お香と仏教

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お香と仏教

ここでは、忘れてならない本来のお香の目的を仏教とともに考えてみたいと思います。

仏教ではお香を焚くことで不浄を祓い、心を浄めるとされており、仏前でお香を焚くことは供養の基本とされています。これは仏教に限らず、キリスト教やイスラム教など、さまざまな宗教においてもお香が浄化目的で使われています。

また、古来より、沈香や白檀の天然香木の香りこそがお香とされていました。香木はお香として焚かれるだけでなく、仏像や仏具の材料としても使用されます。

お香についての記述は仏教の経典にも多くあり、お香における「嗅ぐ」という行為に対しては、もっぱら「聞香」と記されています。「聞く」とは、五感を研ぎ澄まし一心に鑑賞することで、立ちのぼる煙に意識を集中すれば、だんだんと「今」の自分に意識が向かい素の自分に戻ることができますし、ろうそくの炎に意識を集中すれば、心身ともにリラックスし、やがて深い癒しに包まれていきます。それはまるで仏様に守られているような感覚です。

つまり、お香と焚くことは、場を整えながら、自分の頭の中の雑念や心の中の余分な感情を整えていくことにもつながります。そして、深呼吸をして、お香を仏様に捧げる気持ちで、献香文を読み上げながらお香を焚き始めます。

 

献香文

願此香煙雲 遍満十方界 (がんしこうえんうん へんまんじっぽうかい)
無辺佛土中 無量香荘厳 (むへんぶつどちゅう むりょうこうしょうごん)
具足菩薩道 成就如来香 (ぐそくぼさつどう じょうじゅにょらいこう)

願わくばこの香煙の雲 十方界に遍満し
無辺の佛土のなかを 無量の香にて荘厳し
菩薩の道を具足し 如来の香を成就せん

この香煙が雲となり全世界に行き渡り、一切の仏を供養すると同時に、一切の衆生が等しく往生することを願う。

「お香の香りは必ず仏様に届く」という気持ちで唱えることが大事だといいます。

 

お香を焚くおすすめの時間帯は、朝と夜です。

朝のお香は、夜の間に溜まった悪い気をお香によって浄化します。お香の香りには集中力を高める作用もあるため、その日一日をより充実して過ごすことができます。

夜のお香は、自分と対峙する時間です。過ぎ去っていく日々を振り返り、自分の内面とより深く向き合います。気持ちの整理ができるのと同時に、良い香りから安眠効果も期待できます。

一般的なお線香の長さは約14センチ、燃焼時間は約30分です。
お香の煙は、この世とあの世をつなぐ唯一のアイテムだともいわれています。仏様や自分の大切な方との対話、自分を見つめ直したりリラックスしたりする時間として、お線香1本分の時間を確保してみてはいかがでしょうか。

お香を極める

最後に、日本の三大芸道のひとつ「香道」についても知識を深めていきましょう。

香道とは、定められた作法のとおりに香木を焚き、その立ち上がる香りを鑑賞する芸道のことをいいます。香道では香りを「嗅ぐ」と言わず「聞く」と表現します。これは、古代中国の皇帝が香を焚いて、「天の意志を聞いた」ことに由来しています。天の意志は皇帝だけ聞くことができたのです。

香道には香りを聞いて鑑賞する「聞香(もんこう)」のほかに、数種類の香りを聞き分ける競技の要素が加わった「組香(くみこう)」があります。

聞香

聞香では、精神を統一して嗅覚に神経を集中させ、お香の香りをじっくりと味わいます。ひとつひとつ異なる香木の繊細な香りを楽しむのに適した方法で、専用の道具を使い手順に従ってお香を焚きます。

用意するもの
香木、聞香炉(聞香専用の香炉)、香炭団(こうたどん:炭のことで香木に熱を伝える)、聞香用灰(香炭団をうずめる灰)、銀葉(ぎんよう:香木をのせる受け皿)、火箸、灰押さえ、銀葉ばさみ他。

手順
①聞香炉の中に聞香用灰を入れ、灰は柔らかくしておく。
②香炭団に火を付け、全体に火がまわるようにする。
③全体に火がまわった炭団を香炉の中央に埋め込む。埋める深さは炭団の上表面が灰の高さと同じくらいが目安。
④香炉を反時計回りに回しながら、香炉の中心に向かって火箸で灰をかき上げる。
⑤香炉を同じように反時計回りに動かしながら灰押さえで灰を整え、きれいな山の形にする。
⑥灰の上に銀葉をのせて、その上に小さく切った香木を静かにのせる。
⑦手で蓋をするように香炉を持ち、手の中の香りを静かに鑑賞する。香りから頭の中に広がる景色を楽しむ。

 

空薫(そらだき)

手の中の香りを静かに楽しむ「聞香」に対して、お香を焚いて部屋全体に香りを漂わせるのが「空薫」です。

空薫で焚くお香の香りはゆっくりと広がるので、長い時間楽しめます。また、ある古典書物には、「空薫は、どこからともなく漂ってくるように香を焚くこと」と記されています。平安時代の貴族の間では、空薫でお香を焚くのが主流だったようです。

手順
①香炉に香炉灰を入れる。
②灰を柔らかくし、空気を含ませるために火箸で灰をかき混ぜる。
③炭に火を付け、灰の上に置いて灰を温める(5分ほど待つ)。
④炭を灰に縦に差し込み、灰の脇に香木や練香を置く(煙が出ないように炭から離して置く)。

 

組香(くみこう)

組香は、いくつかの香木を焚き、香りの違いを聞き分けて当てるものです。いくつ当てたかを競い合うのが目的ではなく、香道ではお香の楽しみ方のひとつとして取り入れられてきました。5種類の香木を聞き分ける「源氏香」、4種類を聞き分ける「三景香」などがありますが、組香の最高傑作とされているのが、江戸時代に創られた「源氏香」です。

「源氏香」は5つの香の組み合わせを当てる雅な遊びで、組み合わせ総数は数学的原理で52通りになります。そのひとつひとつが『源氏物語』54帖のうちの52帖の物語に対応しているのです。よって、組香では、古典文学に精通していることが前提となります。

主題とされた季節感や文学、故事などの知識も必要とされ、最後には、組香の感想を短歌に詠むことまで求められることもあるようです。まさに、その人の持つ教養を総動員して挑むべき心のゲームといえます。

 

豆知識

六国五味

六国五味(りっこくごみ)とは、香木の香りを6つに分類し、さらに5つの味で表現する方法です。聞香の盛んになった室町時代から始まったとされています。

六国とは、香木の含有する樹脂の質や量の違いを6種類に分類したものです。産地名などから伽羅(きゃら:ベトナム)、羅国(らこく:タイ)、真那伽(まなか:マラッカ)、真南蛮(まなばん:マナンバール)、佐曾羅(さそら:サッソール)、寸聞多羅(すもたら:スマトラ)に分けられます。

五味とは、香木の感想を味覚に例えたもので、辛(しん:からい)、甘(かん:あまい)、酸(さん:すっぱい)、鹹(かん:塩からい)、苦(く:にがい)の5つの味で表現しています。

 

豆知識

香木を使うときの形状

香木は使い方に合わせ、いろいろな形に加工されます。

(ぼく):最も自然に近い形のもの。使う人が好みの大きさに切り分けて使う。
(つめ):細長くカットした形状のもの。仏事のほか、部屋に香りをくゆらせる空薫に最適。
(きざみ):香木を細かく刻んだもの。お焼香のほか空薫にも使われる。
角割(かくわり):四角くカットした形状のもの。仏教儀式や茶道の席で使われる。
(わり):角割をひとまわり小さくカットした形状のもの。茶道の稽古や仏事のほか、空薫などによく使われる。
(かさね):白檀のみに使われる形状のもの。掛け軸や巻物の防虫に使われる。

 

コラム

源氏物語は香りの文学

『源氏物語』といえば、世界最古の長編小説として知られていますが、その物語は香りの文学ともいわれています。『源氏物語』が書かれた時代は、仏教とセットで伝えられた「祈りの香」が、平安貴族たちによって「雅の香」に変化していったころです。

主人公の光源氏は、「こんなに高貴でいい香りは、源氏しかたきしめられない」と思わせる最高級品の香りを放っていましたので、姿は見えなくとも、その香りだけで存在が明らかになるほどでした。

「若紫」の巻には、「そらだきもの心にくくりかをりいで」という一文があります。これは、貴重な香を上手に使いこなすことによって、その持ち主の正体が大変高貴な人であるということを示します。この時代の香りは今からでは想像できないほどの密度の濃い情報だったわけです。

「梅枝」の巻には、有名な「六條院の薫物合わせ」が描かれています。光源氏の娘である「明石の姫」の入内にあたって、愛する4人の女性たちに選りすぐりの「香」を創るよう命じた場面です。

『源氏物語』後半「宇治十帖」の主人公「匂宮」は、その名の通り、自己表現としての香りを強く意識し、さらに良い香りを創るために努力を重ねます。

この他にも、香りにまつわるエピソードが数多く描かれています。香りに注目して読み進めていくのも、また違った面白さを発見できそうですね。

 

まとめ

香りは体だけでなく心にも作用します。

香りを示す英語「perfume」は、「Per(through)+ fume(煙)= 煙を通して」という意味からきたものですが、煙を通して何を思うのか。煙を通して人類の先祖たちとつながる。煙を通して自己の内面と対峙する。

香りを鑑賞する際に、なぜ「嗅ぐ」ではなく「聞く」と表現するのか。その理由がこの点にあるように思います。

原点に帰るためのアイテムだからこそ懐かしい気持ちになりほっとする。単に「良い香り」と感じるだけでなく、自分の中の何かを呼び覚ますパワーに私たちは魅了されているのかもしれませんね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。