お正月には何をする? ~お正月料理や飾り、遊びについて一挙解説~

お正月は数ある行事の中でも特に重要なこととして位置付けられており、無事に新年を迎えられたことを祝う華やかな雰囲気が続く期間です。
お正月にはさまざまな事柄やアイテムが登場しますが、詳しく知らない方も多いのではないでしょうか。
お正月料理や飾り、遊びについて改めて見ていきましょう。

目次

お正月にすることとは? ~お正月行事について考えよう~

初日の出,日本,お正月

初日の出

正月とは元来1月のことをいい、互いに分け隔てなく互いに親しく睦みあう月という意味で睦月(むつき)とも呼ばれています。今では、その年を司る「歳神様」を迎える特別な儀式を行う期間を指して「お正月」と呼んでいることが多いようです。

さて、この年神様とは、五穀を司り、新しい年を授けてくれる神様とされ、元旦にやって来るといいます。そのため、各家では年末から年神様を迎える準備をし、年が明け年神様を迎えると、その年の豊作と家内安全を祈ります。「あけましておめでとうございます」というお正月のあいさつには、無事に新年を迎えられたこと(つまりは、歳神様を迎えられたこと)を祝い、感謝する意味が込められているのです。

 

「元旦」とは1月1日の朝のことをいい、「元日」とは1月1日のことをいいます。

 

では、お正月にすることを具体的にみていきましょう。

 

初日の出
初日の出には、その年の幸せをもたらしてくれる年神様が太陽と共に現れると信じられており、人々は初めて昇る太陽の厳かな光に1年の無事を祈ります。「初日の出参り」という言葉があるように、元旦の日の出は昔からとても縁起の良いものとされてきたため、寒さにも負けず、少しでも見晴らしの良い場所へと足を運びます。

もともと正月には、「四方拝」といって、東西南北の神を拝むことが一般的でした。ところが、日清・日露戦争の勝利後、「旭日昇天(きょくじつしょうてん:幸運は朝日から訪れる)」という考えが広まり、初日の出を拝む人が増えていったとされています。なお、宮中行事としては、今でも四方拝が行われています。

一年の計は元旦にあり
「計」は計画のことをいいます。1年の計画は年の初めとなる元旦に立てると良い、ということわざです。

 

元日と若水汲み
1年の最初の日(元日)の朝早くには、若水汲みといって、家の主人や長男が井戸の水を汲む習慣がありました。若水を汲むことを若水迎えといい、年男の仕事とされていました。現在では元旦だけというところが多くなりましたが、かつては三が日の間汲むというところが多かったようです。しかし、この習慣も水道が普及するにつれ行われなくなってきています。

若水
若水は初水、福水ともいわれ、今では元旦に汲む水のことをいうようになりましたが、古くは立春の早朝に汲んだ水をいいました。若水には、邪気をはらい、若返りの力があるとされていました。歳神様にお供えした後は、この水で歳神様への供物や家族一同の食物を煮炊きします。

 

三が日と松の内
元日から3日までを「さんがにち」といい、この期間は男が食事の世話をするところも多いようです。正月の7日までを松の内として正月祝いの期間とするところが多いですが、その他にも15日までを松の内とするところもあり、地域によって違いがあるようです。

 

初鏡・初髪
初鏡も初髪もお正月の代名詞として俳句の季語で使われます。初鏡は新年に初めて鏡に向かってお化粧をすることをいい、初髪は新年に初めて結い上げられた髪のことをいいます。

 

初詣
初詣とは、大晦日の夜や元日の朝に、鎮守や氏神などに1年の無事と平安をお祈りしにお参りすることをいいますが、もともと年越しは正月棚を設けて家に籠り、慎ましくしているべきとされていました。これは、歳神様は先祖の霊であると考えられていたためです。

一方で、大晦日や元旦に家長が氏神様にお参りすることは、古くからの習わしでもありました。江戸時代になると、その年の恵方にある寺や神社に出かける「恵方参り」も盛んに行われるようになります。こうした要素が混ざり合い、今の初詣になったと考えられています。

近年では有名な大寺社に出かけることも多くみられ、夜明け前にお参りしたり、大晦日の晩からお参りし、除夜の鐘を聞いてから再度お参りしたり(二年参りという)と、さまざまな形で行われています。

恵方参り
恵方参りとは、その年の恵方にある寺や神社に出かけることをいいますが、これは、年神様は恵方からやって来るという考えから生まれたものとされています。

恵方とは、陰陽道においてその年に最も縁起が良いとされる方角のことで、その年が十干(じっかん)の何に当たるかによって方角が異なります。庶民に広がったのは江戸時代以降と考えられています。

破魔矢
破魔矢とは、魔を破り、煩悩を消滅させるという矢のことをいいます。厄除けのお守りとして、神棚や玄関、家の東南方向の目線より高い位置などにお祭りします。東南は朝に陽が当たる方角なので、春風、樹木、家庭円満、商売などを象徴する吉の方角とされています。また、古い破魔矢は去年の汚れ(けがれ)に染まっているので、お焚き上げしてもらいます。

お札・お守り
お札やお守りには神様が宿っているとされるため、特にお札の祭り方は購入した寺社できちんと聞き、画びょうなどで止めてはならないものです。お札やお守りには厄をはらい、運を呼び入れる力があるとされています。「平穏」を願うものと、合格祈願など「攻め」のものとがあります。

おみくじ
おみくじは、神様からのお告げのような役割のあるものです。吉はもちろんのこと、凶でも書いてあることをきちんと守る努力をすることが大切です。縄や木に結ぶのは、「願い事がしっかり結ばれるように」という意味を込めて行われます。

甘酒
甘酒は、ビタミンが豊富で、点滴にも匹敵する栄養飲料です。

獅子舞
獅子舞は、日本では16世紀に伊勢の国で起こった飢饉を追い払うために始まったとされ、邪をはらい、疫病を退治する力があるとされています。獅子舞の獅子に頭をかんでもらうと縁起が良いといわれています。シルクロードの砂漠を旅する商人から、ペルシャという国にいるとされた百獣の王の噂を聞いた中国人が、その姿を想像して描いたお面を戦いの前に付けて踊るようになったことが起源と考えられています。日本に伝わると、豊作を祈る舞として広がっていきました。

 

歳(年)神
正月の神様のことをいいます。歳神様は、大晦日の晩に天から降りてきて、正月の初の卯の日、卯の刻に昇るといわれています。歳神様が早く帰るのも良くないし、1週間以上いるのも景気が悪くなるといわれています。

 

年男
年男とは、正月行事の主役を務める男性のことをいいます。正月には、一家の行事すべてを年男が取り仕切り、暮れの大掃除を始め、正月の飾り付け、元旦の水汲み、歳神の供物やおせち料理の準備などを行いました。
室町幕府や江戸幕府では、年男は古い儀式に通じた者が任じられていましたが、一般家庭では、主に家の家長がその任に当たり、次第に長子や奉公人、若い男性が当たるようになりました。

 

年始まわり
年始とは、松の内の期間中、親戚や旧年中にお世話になった人にあいさつに行くことをいいます。かつて正月二日は家の主人が神社や寺へ年始に行く日とされていました。また、昔は、お正月に分家が本家に集まり、お祝いの膳を囲むしきたりがありました。
現在では、親戚が集まったり、仲人や上司、先生など、日ごろお世話になっている人に新年のあいさつに出かけたりする形が一般的です。

新年のあいさつ
新年のあいさつは、本来は三が日に伺うのが習わしです。現在では、元旦を避け、松の内に伺うのがマナーとされているようです。

お年賀
お年賀とは、名刺代わりの役目を持つ品のことをいいます。お年賀には正月らしい縁起の良いものを選びます。訪問の際の手土産なので、宅配などで贈ることはしません。

お年玉
お年玉は新年を祝うために贈答するものでしたが、現在では子どもに金銭を与える習慣や、金銭そのものを指す意味で用いられることが多くなりました。古くは餅を与えたといいます。年長者や目上の者が、年下の者や目下の者に贈る物、つまり年の賜物であるから「としだま」という名が付いたという説があります。

また、「たま」とは「たましい」のことであり、「としだま」とは、新年に祭られる歳神様への供物が下げられたもののことであるという説もあります。神霊の力が宿るとされる供物をいただくことにより体力を更新し、新たな1年に備えるのだともいわれています。

年賀状
年賀状とは年始のあいさつの手紙のことで、古くは平安時代の手紙の模範文集である『明衡往来(めいごうおうらい)』にある年始あいさつ状の文例が、最も古いものといわれています。近世には諸大名が年始のあいさつ状を将軍に届けたとされ、また、下級武士や商人なども遠く離れた親戚や知人に年始の書簡を書き送る風習が始まったといいます。しかし、庶民にまでは広まっていませんでした。

今のような年賀状が普及したのは明治になってからで、当時は、書き初めの1月2日に年賀状を書き、松の内の7日までに出すことが多かったようです。7日を過ぎて返事を出すときは、寒中見舞いに変えて出します。

 

初荷
初荷とは、年が明けて最初に生産地や倉庫などの物流拠点から販売店へ向けて出荷された商品のことをいいます。もともとは初売りと同じように1月2日に出荷されていましたが、今では多くの企業や市場で業務が開始される1月4日以降に初荷が行われることが多いようです。

 

書き初め
書き初めは年が明けてから初めて文字や絵を書く行事で、試筆(しひつ)、吉書(きっしょ)とも呼ばれています。さまざまな事始めと共に1月2日に行われます。

もともとは宮中儀式のひとつで、若水で墨をすり、その年の恵方に向かって、おめでたい詩である「長生殿裏春秋富、不老門前日月遅(ちょうせいでんりしゅんじゅうとみ、ふろうもんぜんじつげつおそし)」を書いたものでした。江戸時代の寺子屋教育以降、庶民にも広がりました。かつては「吉書始(きっしょはじめ)」と呼ばれていました。

今では、1年の抱負を書くことも多いようです。書いた紙は14日、あるいは15日に行われる左義長で、正月飾りと一緒に燃やします。炎が高く上がるほど、習字が上達するといわれています。

 

仕事始め
仕事始めとは、1月2日に年明け初めての仕事をすることをいいます。まだ年神様のいるうちにいつもの作業だけ行い、技能の上達を願ったり、その年の労働の安全を願ったり、成功を占ったりします。

農始め(鍬入れ)
農始めとは、1月11日ごろに行われる田畑の仕事始めの儀礼のことをいい、豊作を願う予祝儀礼のひとつとされています。苗代とする場所に餅などを供え、鍬で耕す所作を儀礼的に演じます。雪の多い地方では、雪の上で田植えを模擬的に行う「庭田植え」とか「雪中田植え」と呼ばれる儀礼を行うところもあります。

商始め(初売り・初買い)
商い初めとは、年が変わって最初に物を売り出すことをいい、近年では小売店の初売りを指すことが多いようです。その年の運試しの意味合いを兼ねた福袋が販売されます。「福袋」の名称は、「残り物には福がある」の福からきているといわれています。

船乗り始め
船乗り始めとは、正月2日に航海の安全を祈って行う乗り初め式のことをいいます。午前中には、船玉様へ餅に串柿をのせたものと鰹節をシキタライに入れたものを供え、御神酒も供えます。これをオモテ(船首部)とトモ(船の後部)にもあげます。つるべでお潮を汲み、船玉様に供えたのち海上を走り、これが済むと万祝い(まいわい)を着て船頭の家に行き、ごちそうになります。日にちは事始め同様に2日におこなうことが多いようですが、4日や11日に行うなど地域によって異なるようです。

出初め式
出初め式とは、1月6日に行われる、その年最初の消防訓練のことをいいます。江戸時代の火消しの伝統を受け継ぎ、はしご乗りなどの技が披露されます。

 

七草
七草とは、正月7日の朝に七草粥を食べて祝う行事のことをいいます。七草粥を食べると1年間無病息災でいられるといわれています。

 

蔵開き
1月11日に、その年初めて蔵の戸を開けることをいいます。この日は一日中蔵を開けておきます。

 

鏡開き
鏡開きとは鏡餅を下げる日のことをいいますが、もともとは鎧や兜に供えた餅を下す武家の行事でした。地方によって異なりますが、11日に行うのが一般的です。

鏡開きでは、餅は手で裂いたり、木槌で割ったりして雑煮や汁粉にしていただきます。鏡餅には稲の霊が乗り移っており、これを食べると新しい年の生命力を得られると信じられています。「切る」という行為は縁起が悪く、また、歳神様が包丁などの刃物を嫌うとされているため、餅は包丁では切りません。

 

成人の日
成人の日は、昭和23(1948)年に作られた国民に関する法律で、「1月15日は大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます日」と定められました(現在は1月第二月曜日)。
古くは、1日の仕事量で基準を満たせば一人前の男であるされ、年齢に関係なく成人と認められていました。

 

小正月
小正月は、太陰太陽暦では満月のころに当たるため、農耕に関わるさまざまな予祝儀礼が行われます。

物つくり
物つくりとは、小正月に行われる予祝儀礼のひとつです。アワボ・ヒエボなどの穀物の実りの様子を再現したものや、鍬・鋤など農耕具のミニチュアを作って飾り、秋の豊作を祈願します。

どんど焼き・左義長
どんど焼き・左義長とは、どちらも14日あるいは15日を中心に行われる小正月の火祭りのことをいいます。正月に各家で飾った松飾りや前年のお札などを集めて焼きます。厄年の者や子どもが中心になって行事を行うところも多いようです。

サイノカミ
どんど焼き・左義長と同種の行事ですが、その性格は一様ではないようです。多くは15日に行われ、大きな火を焚き、その煙のたなびき具合や燃えかすの飛び具合で作の善し悪しを占ったり、あるいは厄落としの儀礼と結び付いたりして行われていることが多いようです。
起源は諸説ありますが、平安時代の宮中行事に由来するものが有力と考えられています。

鳥追い
鳥追いは、田畑の害鳥を追う予祝儀礼です。期間は15日を中心とする前後3日間で、早朝か、もしくは14日か15日の晩に行われます。鳥追い行事は家ごとに行うもの、子どもたちが家々を回り祝言を唱えるもの、鳥小屋などといわれる小屋に籠り最後に焼いてしまうものの3つの型に大別されます。

成木責め
成木責めは、柿などの実のなる木に願かけをする儀礼のことをいいます。2人1組で行うところも多く、1人が鉈(なた)などの刃物を持って木に切りつける真似をして「なるかならないか」とせまり、もう1人が木に代わって「なりますなります」と秋にたくさんの実を付けることを約束するというものです。

削り花
削り花は、花が咲くように豊作になることを祈願する行事のことで、花木、かき花、花などの名前で呼ばれることもあります。小正月の14日に作るところが多く、1本の棒に16か所削り花を付けた十六花が一般的です。

まゆ玉
まゆ玉は小さく切った餅や団子、まゆの形を模したものをミズキ・ヌルデ・榎(えのき)・柳などの枝に飾るもので、豊作物の豊かな実りを祈願する予祝儀礼のひとつです。

年占(としうら)
年占は年の初めに行われ、その年の作の出来の善し悪しや、世の状況を占う儀礼のことをいいます。占う方法はさまざまあり、サイノカミの火の燃え具合や煙の流れ方、灰の落ち方のほか、カビの生え具合や、凍らせた供物の崩れ具合などでも占います。

小豆粥
小豆粥を煮るときに一緒に入れたアシの管や、かき混ぜた棒などに入る粥の具合でその年の豊凶を占います。

 

藪入り
藪入りとは正月と盆(7月)の16日のことをいい、嫁や奉公人が実家に帰る日とされています。草深い田舎に帰るということで藪入りと名付けられたともいわれています。

 

初市
初市とはその年初めて行われる市のことをいい、その年の吉凶を占う俵引きなどの行事も行われます。市には市神が祭られ、風車・起き上がり小法師・市飴などの縁起物が売買されるほか、市にやって来た人々が新年のあいさつを交わす交流の場にもなっていました。

 

二十日正月
二十日正月とは1月20日のことをいい、この日で正月の行事はすべて終わるとされています。また、恵比須・大黒を祭る恵比須講の日でもあり、それぞれの絵像の掛け軸や像を祭り、その前に膳を供えます。これには、漁師や商人が集団で祭祀を行う信仰結社的な意味合いもあるようです。

 

お正月飾り

注連縄,お正月飾り,お正月,神社

注連縄

次に、お正月飾りについてみていきましょう。

お正月飾りは、地域によって異なりますが、7日または15日まで飾るのが一般的です。12月26日から28日、30日に飾ります。29日は「二重苦」「苦松」と呼ばれることから、31日は葬儀と同じ「一夜飾り」とされることから飾り付けは避けられています。

 

鏡餅
鏡餅には、その年の豊作を祈願し、新しい年の門出を祝う意味があるとされています。鏡のように丸くて平たい形から、あるいは、良い手本と照らして考える「鑑みる(かんがみる:鑑は鏡のこと)」という言葉からこの名が付いたといわれています。また、丸い形は家庭円満を象徴し、大小2つの餅を重ねることには、1年をめでたく重ねる、あるいは、月と太陽(陰と陽)を象徴しているという考えもあるようです。

鏡餅は、正月棚もしくは三宝の上にゆずり葉(家が親から子へと代々受け継がれる)と裏白(うらじろ:心に裏がなく清廉潔白の意。長生きの象徴でもある。)を敷き、葉付きの橙(だいだい:先祖代々繁栄)、昆布(よろこぶ)、干し柿などの縁起物を飾るのが一般的です。

 

床の間飾り
床の間飾りとは、歳神様を迎えるために床の間に香炉や生け花を飾り付けることをいいます。床の間がない場合には、本棚などに置いても良いようです。

 

注連飾り
注連飾り(しめかざり)は注連縄を昆布や橙といった縁起物で装飾したもので、玄関のドアの上部に吊り下げることが多いようです。赤色の御幣は魔除けの効果や神の力が宿るものと考えられています。

注連縄
注連縄の「しめ」は神の占めた場所という意味があり、神棚や玄関、床の間に張ることでそれまでの不浄をはらったり、神の居場所を区切ったりする役目があります。天照大神が岩戸隠れをして出てきた際に、岩に縄を張り、二度と隠れることがないようにしたのが始まりとされています。

 

門松(松飾り)
門松は、歳神様を迎え入れる目印として家の入り口や門に立てる飾りのことをいい、松や竹、紅白の梅など地域によって異なります。庭に立てる地域もあるようです。立てておく間は年神様がいると考えられおり、この期間を「松の内」と呼びます。一般的には元日から7日までをいいますが、4日や10日、15日までとするところもあるようです。

 

羽子板・破魔弓
羽子板や破魔弓は、初めてのお正月を迎える赤ちゃんに贈るものとしての習わしがあります。女の子には羽子板を、男の子には破魔弓を贈ります。

 

お正月に食べるもの

おせち料理,お正月,祝い膳

おせち料理

次は、お正月に食べるものについて解説していきます。

 

おせち料理
おせち料理は本来、神に捧げる供物(節供)のことをいい、暦上の節目、季節の変わり目など、1年のさまざまな節目ごとに作られる料理でもありました。現在では保存のきく作り置きの正月料理をいいますが、これは「神様をお迎えした新年に台所を騒がせてはならない」という考えによるものとされているほか、女性が正月三が日に休めるようにという考えもあるようです。

おせち料理は、今では元日にいただくのが一般的ですが、もともとは「年迎え」の膳として大晦日に食べるものでした。

お正月の祝い膳は、お屠蘇、おせち料理、お雑煮の順でいただきます。おせち料理は重箱を使うことで「めでたさを重ね」、縁起の良い食材を使い、新年の無事を祈る気持ちが込められています。正月の間はなるべく火を使わず、作り置きできるものが中心となります。

一の重
一の重は一番上の段のことをいい、口取り・祝い肴(さかな)とも呼ばれます。

紅白かまぼこ
赤は魔除け、白は清浄の意

伊達巻き
文化繫栄 昆布巻き:「よろこぶ」に通じる

栗きんとん
金運・財宝

田作り・たたきごぼう
豊作

黒豆
健康・勤勉

数の子
子孫繁栄 など

 

二の重
二の重には、主に海の幸の焼き物が中心に詰められます。

海老
腰が曲がるまでの長寿


「めでたい」に通じる

鮭・ぶり
年神様に供える年取り魚

いか
飾り切りをすることで松笠に見立てる など

 

三の重
三の重には、主に山の幸の煮物料理が入ります。

蓮(れんこん)
先が見通せる

ごぼう
無病息災

里芋
子孫繁栄

こんにゃく
結ぶことで良縁・円満を表現

くわい
芽が出るように

八つ頭
万事人の上に立つ など

 

与の重
与の重には、酢の物や和え物が入ります。「四」は使わず、「与」の字を当てます。

紅白なます
お祝いの水引きを模しているほか、清浄の白と魔除けの赤でもある。

菊花かぶ
無病息災

酢蓮根
将来の見通しが良い

 

五の重
五の重は控えの重として何も入れません。空であることに意味があり、繁栄の余地があることを表しています。

祝い箸
祝い箸は、両端が細くなった「両口箸」のことをいい、神様と一緒に食事をするという意味が込められています。おせち料理は、この祝い箸を使っていただきます。両口端の中央が太いのは、子孫繁栄と五穀豊穣を表しているといいます。

祝い箸は香りの良い白木や、折れにくい柳の木が使われることが多いようです。

 

お屠蘇
お屠蘇は、酒に山椒や桔梗(ききょう)、肉桂(にっけい)などの漢方を調合した屠蘇散を加えた薬酒で、1年の邪気を払い、寿命を延ばす力があるとされる中国伝来の飲み物です。大中小の三種の杯で、上の小さな杯から順に一杯ずつ飲むのが正式な作法とされています。また、銚子の飾りは、小さな屠蘇器にも年神様が降りてくるようにと付けられた神様への目印とされています。

 

雑煮
雑煮は餅を野菜や魚介・肉類などと取り合わせた儀礼食で、室町時代に生まれたと考えられています。もともとは、歳神様に供えたものを神様と一緒にいただくという神聖な料理でした。その名残からか、現在でも雑煮を煮る際にコンロを使わず、山から採ってきた燃料を用いる地域もあるようです。

また、「おぞうに」は「五臓を保護する」という意味があり、あわびや里芋、山芋、大豆など健康に良いものを7種入れたにものだったともいいます。

雑煮は多種多様あり、地域や家庭により食材も味付けも異なります。関東ではすまし汁風が多く、関西では白みそを使った甘めのものが多いようです。

 


餅は古来より福の源と信じられてきた神聖な食べ物とされています。正月には餅を食して祝うのが一般的ですが、正月元日に餅を食べないという餅なし正月のところもあるようです。餅は白い餅であったり、小豆の赤い餅であったりします。人が食べる餅のほか、神様に供えるための餅も用意されます。

また、雑煮に入れる餅は、焼いた餅を入れるところもあれば、生の餅を入れるところもあります。餅の形も四角や丸などがあり、東日本では四角に切った角餅を、西日本では丸餅を使うところが多いようです。

 

お正月にする遊び

凧あげ,お正月

凧あげ

最後は、お正月にする遊びについてみていきます。

1月は「睦月(むつき):仲睦まじく過ごす月」ともいわれるように、家族みんなで楽しめるような遊びが多いのが特徴です。

 

羽根つき
羽根つきは「厄をはねる」とされ、羽根に使われる「無患子(むくろじ)」の実には、病気を患わないという意味があります。また、勝負に負けると顔に墨を塗ることがありますが、これにも魔除けの意味があるとされています。

 

福笑い
福笑いは、目隠しをしてお多福の目や鼻を置く遊びです。「笑う門には福来たる」の言葉から、お正月の縁起の良い遊びとして親しまれています。

 

こま回し
こま回しは、こま同士をぶつけて勝負する遊びです。こまは、奈良時代に唐から伝わりました。

 

凧あげ
凧あげは、立春の空を見上げると良いとされていたことから定着した風習です。江戸時代には男の子の誕生祝いとしての凧あげもあり、高く上がるほど元気に成長するといわれていました。

 

すごろく
すごろくは江戸時代に始まった遊びとされています。

 

お手玉
お手玉は両手を使って玉を投げ受ける遊びです。米や小豆をちりめんの袋に入れた玉を使います。

 

かるた・百人一首
かるたや百人一首は、読み札を聞いて、それに対応する取り札を取る遊びです。かるたはポルトガル語で「カード」を意味し、16世紀末に日本に伝わりました。百人一首は、もともと宮中での遊びで、江戸時代に庶民へと広がりました。

 

初夢
初夢とは新年に見る夢のことをいい、この内容で1年の吉凶を占う風習があります。元日の夜に見る夢を初夢とする見方と、2日の夜の夢を初夢とする見方に分かれます。初夢に見ると縁起が良いものとして「一富士、二鷹、三茄子」といわれます。

一富士二鷹三茄子
一富士二鷹三茄子のいわれは諸説ありますが、天下統一を果たした大将軍である徳川家康が「富士山を見て、鷹狩りをして、茄子を食べるのが幸せ」と言った言い伝えにあやかろうとした説がよく知られています。

ほかにも、「無事に(富士)、高く(鷹)、事を成す(茄子)」という縁起の良い言葉の語呂合わせという説、富士山は立身出世を、鷹は開運を、茄子は「事を成す」という言葉から財産を成すことを象徴している説もあります。

全体としては、山のような末広がりのもの、鷹や鳥のように大空を舞うもの、野菜や果実の夢が吉夢とされています。

宝船の絵・獏の絵
宝船の絵も獏の絵も吉夢を見るための絵として使われていました。宝船の絵は、宝をどっさり乗せて海原を力強く走る宝船の絵で、枕の下に敷いて寝ると良い夢が見られるという言い伝えがあります。宝のほかに、七福神が乗っている絵もあります。

獏の絵も枕の下に敷いて寝ると、悪い夢を見ずに安心して眠れるといわれています。獏は想像上の動物で、熊の体にとらの脚と牛の尾を持ち、象の鼻とさいの目があるとされています。

回文・おまじない
吉夢を見るための回文やおまじないもあります。

「長き世の 遠の眠りの みな目覚め 波乗り船の 音のよきかな」は「ながきよの とおのねむりの みなめざめ なみのりふねの おとのよきかな」となり、上から読んでも下から読んでも同じになります。

 

まとめ

お正月料理や飾り、遊びについてまで一挙に解説してきました。

お正月には多くの事柄がありますが、どれをとってみても意味があり、前向きにさせてくれるものが多いように思います。お正月は新たな年の幕開け。新年を祝う気持ちのほか、旧年を無事に過ごせたことへの感謝の気持ちも忘れずに過ごしていきたいものですね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!