カノープス ~りゅうこつ座にみる星 カノープスとは ~

カノープスはりゅうこつ座の一等星。北半球ではめったに見られない星のため、古くからいろいろな言い伝えが残されています。七福神でおなじみの寿老人も、この星の化身だといわれています。
人々はカノープスに対してどんなことを考えたのでしょうか。

カノープスとは

カノープスとはりゅうこつ座(竜骨座)の一等星で、約310光年の距離にある、表面温度7000度、太陽の約50倍の大きさをもつといわれる超巨星です。

南半球では全天2番目の白く明るい星として見えますが、日本では南の地平線に近いため、低空の大気の影響で少し暗めの赤みを帯びた星として見えます。

カノープスを見つけるには、最も高く昇る南中時を狙うわけですが、わずかしか昇らないため、なかなか巡り合うことができません。南の地平線上に視界を遮る障害物がないこと、地平線近くまですっきりと晴れあがった夜であることなどの条件がそろってはじめて見つけられる星なのです。

地図を広げると、福島県のいわき市あたりが北限。しかし、少し高い山に登れば、もっと北の地方でも発見できるかもしれません。

 

豆知識

りゅうこつ座

りゅうこつ座は、赤経08h40m、赤緯-63°にある星座で、学名は Carina カリナといいます。見やすい時期は3月28日ごろ。地平線上に一部分がやっと見える星座です。

りゅうこつ座は、かつて、とも座(Puppis プピス:船尾)、らしんばん座(Pyxis ピクシス:羅針盤)、ほ座(Vela ベラ:帆)の3星座とともに「アルゴ船座」と呼ばれていました。竜骨とは、あばら骨のくっついた背骨のような部分のこと。りゅうこつ座は、巨大なアルゴ船の骨格となる部分に位置していました。

アルゴ船座は、西暦150年ごろ、ギリシャ(アレキサンドリア)の天文学者プトレマイオスのまとめた48星座の中にすでに含まれる、かなり古い古典星座のひとつです。しかし、アルゴ船座は広範囲を占める巨大星座だったため、とも座、らしんばん座、ほ座、りゅうこつ座の4つの星座に解体されてしまいました。

 

ギリシャ神話の中で、特にドラマチックな叙事詩として知られる物語に「アルゴ船遠征譚」があります。この物語の中で英雄たちを乗せる船がアルゴ船です。

 

カノープスにまつわる話

カノープスは、北半球ではなかなか見ることのできない星のためか、さまざまな話が言い伝えられています。

カノープスは水先案内人

  • カノープスは、トロイア戦争のとき、ギリシャのスパルタ軍の艦隊を導いた水先案内人でしたが、不幸にも船の上で亡くなってしまいます。スパルタのメネラオス王は彼の功績をたたえて、カノープスの名を彼がこの世を去った小さな港の名前として残しました。その後、その港で海上すれすれに現れる明るい星をカノープスと呼ぶようになったといいます。
  • カノープスの名は、エジプトのナイル河口にある港のひとつと、町の呼名となりました。
    スパルタの王メネラオスと后ヘレネがエジプトを訪問したとき、カノープスは船の舵取りを務めたのですが、エジプト王プロテウスの美しい娘テオノエに見初められました。この恋は実らず、カノープスは毒蛇にかまれて死んでしまいます。メネラオスとヘレナは、エジプトの地にカノープスを葬りました。そのときヘレネの流した涙から、ヘレニオンという花の美しい草が生えたといいます。
  • カノープスは、エジプトの冥府の神オシリスの船の舵手であったとも、アルゴ船の舵手であったともいわれています。

 

カノープスは死んだ漁師の魂の叫び?

カノープスの輝きに恵まれない日本や中国にも、その特殊な見え方を捉えた呼名や伝説があります。

日本の呼名「めらぼし」は、房総半島の南端にある布良(めら)港の名を付けたもの。海上すれすれに姿を見せる輝星が漁港で注目されたのは当然ですが、この地方では、「めらぼし」が現れると、その後必ず海が荒れるとか、雨の降る前に現れるとか、天気が変わる前兆として現れるなど、天気予報のような言い伝えがいくつかあります。
「めらぼし」は、嵐のために海で死んだ漁師の魂が、海上に出てきて仲間の漁師を呼んでいるのだともいわれています。

カノープスは本来、白色に輝く星ですが、地平線近くでしか見えないため、赤みを帯びた不気味な星に見えてしまうのです。また、毎年、海の荒れる2~3月の宵に姿を現すことから、海の恐ろしさをよく知っている漁師たちには、海で死んだ仲間の怨念と感じられたのかもしれません。

 

カノープスは和尚星?

同じ星でも土地が変わると「おしょうぼし」「上総のおしょうぼし」「にゅうじょうぼし(入定星)」「さいしゅんぼし(西春星)」と呼名も変わります。

  • 昔々、上総の和尚が旅の途中に常陸の国で殺されて、金を奪われたといいます。和尚は死にぎわに「私の恨みは星になって、雨の降る前の夜に、南の上総の山の上に出るだろう」と言いました。和尚の言ったとおり、山ぎわに“上総の和尚星”が恨めしそうな鈍い輝きを見せるようになります。この星が出ると、次の日は決まって強い風が吹いたといいます。
  • 昔、房総半島の先端に小さな村がありました。人々は漁をして細々と暮らしていましたが、毎年、冬になると海が突然しけて、村人が何人も死にました。若いお坊さん西春は、このことを悲しんで、あるとき、村人を集めて告げました。「私は、生きたまま埋葬されて、仏になります。そして、星となって皆さんに天気を知らせましょう。もし、南の空低くに私の星が現れたら、海がしける前触れですから、決して漁に出てはいけません。」泣いて引きとめる村人たちにそう言い残すと、西春は自ら地面に掘った穴の中に入り、悲しむ村人に天井を閉じさせました。
    数日の間、穴からはお経の声が響いてきましたが、やがてそれが聞こえなくなり、そして南の空低くに明るい星が現れました。村人は、西春が星になったことを悟りました。西春の言葉どおり、その星が空に現れると、必ず海が荒れました。西春の星が天気を教えてくれたので、村人たちは安心して漁に出られるようになり、それからは嵐で命を落とす人もいなくなったといいます。その後、この星は漁師たちに“西春星”とか“入定星”と呼ばれるようになりました。

 

仏教では、僧が死ぬことを「入寂(にゅうじゃく)」「入滅(にゅうめつ)」「入定(にゅうじょう)」などといいます。

 

カノープスは横着星・不精星

日本の中国・四国地方では、カノープスは、少しだけ顔を出してすぐに沈んでしまうことから「横着星」とも呼ばれています。また、横着星によく似た意味で「ぶしょうぼし(不精星)」とか「どうらくぼし(道楽星)」とも呼ばれるそうです。

岡山地方では、讃岐の上に見えれば「さぬきのおうちゃくぼし」、土佐の上に見えれば「とさのおうちゃくぼし」というように、星の見える方向の地名を付けて呼ばれているようです。

他にも、四国の芋畑の上をすれすれに通る様子から「芋食い星」、冬の宵空に現れることから「さむさむぼし」、波しぶきで濡れている様子から「ざぶざぶぼし」などとも呼ばれているようです。

 

カノープスは長寿の星

日本では、どちらかというと不気味で不吉な捉え方をされたカノープスですが、中国では逆の印象をもっていたようです。

中国では、最も南に見えるこの星を“南極老人星”とか“寿老人星”といいました。老人星は、北緯35°で南中時の高度が、地平線上2°にしかなりません。かつて中国の都であった洛陽や西安(長安)で、2~3°しか昇らないこの星が見えたときは、天下泰平国家安全の印だと喜ばれたようです。

すれすれに出てすぐに沈んでしまう星を見つけることは、めったにない幸運。老人星を見つけた人は長寿に恵まれるともいいます。

 

カノープスは酒好きな寿

寿老人星に対する信仰は、中国にかなり古くからあったようです。

中国が宗と呼ばれたころ、都にひとりの老人が現れました。背が低く、頭だけが妙に長い老人です。老人は町で占いをして金を手にすると、すぐ酒を飲むのですが、酒屋の酒をすべて飲み干しても顔色ひとつ変えません。この老人の酒好きは、たちまち都中の話題になりました。老人は酒を飲むといつも「わしは長寿の仙人じゃ」と誰かれとなくひとりごとを言うのです。

やがて、このことが仁宗皇帝の耳に入ると、「面白い老人じゃ。私が酒を進呈しよう。」と言って、老人を宮殿に招いて酒をふるまいました。老人は嬉しそうに飲み始めましたが、いくら飲んでも一向に酔う様子もなく、人の寿命の不思議な話をして、次々と差し出される杯を受けて、とうとう七斗(一斗は十升、一升は1.8リットル)ほども平らげてしまいます。そして、驚く皇帝や宮殿の人々を尻目に、しっかりとした足取りで、悠々と立ち去りました。

あくる朝、天文の役人から「昨夜寿星が姿を見せませんでしたが、帝座の近くに星がひとつ寄り添って輝いていました。」という報告がありました。皇帝はこのことを聞いて、さも満足げに「やはり昨夜の老人は、寿老人であったか。ありがたいことだ。」と言いました。その夜、寿星はいつもの位置で輝いていたのですが、心なしかいつもより赤い輝きが見られたといいます。南へ帰ってから酔いがまわったのかもしれません。

都に現れた長頭短身の老人の姿が、七福神の中の福禄寿だともいわれています。七福神の中に、寿老人という神様がいますが、どちらが寿星(南極老人星、カノープス)であるかは、深く追求しても無駄で、おそらくこの伝説はそのあたりが混同されているのだろうと考えられます。福禄寿は寿老人より新しく、室町時代に七福神に加えられた神様だといいます。

いずれにしても、中国ではこの星が見えることは吉兆。現代の日本の都会でこの星が見えるのは、スモッグや光害に妨げられないごく限られた日だけ。やはり吉兆と言うべき星なのです。

 

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まとめ

カノープスとは、りゅうこつ座の一等星。

約310光年の距離にある、表面温度7000度、大きさは太陽の約50倍という超巨星。

南天に属する星のため、北半球ではなかなか見ることのできない星。

中国では「南極老人」と呼ばれ、七福神でおなじみの「寿老人」と結び付けられた。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!